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	<title>中野雅至の近未来予測研究所 &#187; ニュース</title>
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	<description>兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科准教授 中野雅至のブログ</description>
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		<title>曲解される政治主導</title>
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		<pubDate>Tue, 04 Aug 2009 08:01:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[次のような記事を読み、ふと思ったことは・・・・。
橋下知事、民主・小沢氏と「霞が関解体」で会談
8月4日12時20分配信 読売新聞
大阪府の橋下徹知事は４日、民主党の小沢代表代行と大阪市内のホテルで会談し、両者が旗印に掲げる「霞が関解体」を巡って意見交換した。
橋下知事が小沢氏と会うのは初めて。橋下知事と親交のある同党の原口一博「次の内閣」総務担当が会談をセットした。
冒頭、橋下知事は「関西空港の問題で金子国土交通相は抜本的な財務構造の改善を約束してくれたのに、財務次官が『それは地方の問題』と覆す」と、現在の官僚機構のあり方に不満を示すと、小沢氏も「全然、今は政治家の権限がないからね」と苦笑した。
また同席した原口氏は「霞が関解体は革命ですから、国会だけでは出来ない」と、連携を呼びかけた。会談終了後、小沢氏は報道陣に対し、「明治以来続いてきた統治機構を抜本的に変えることで考えは一致した」と述べた。一方、橋下知事への選挙応援の要請などについては「そういう政治的な話を一切していません」とした。
最終更新:8月4日12時20分
確かに、政治家や大臣が国民から選挙で選ばれている以上、彼らの発言は重い。いや、民主主義社会のルールから言えば、公務員がそれを簡単に覆せないことは間違いない。
しかし、国会答弁などの公式答弁を除いて、実際の政策現場ではどうだろうか。空港問題だけでなく、様々な問題で一々大臣が軽く返答したことが本当に絶対的に尊重されなければいけないのだろうか？もっと現実的な言い方をすると、大臣だって自分の発言をすべて受け入れた上で、官僚が動くことを本当に望んでいるのだろうか？
例えば、関西空港の問題であれば、金子大臣はリップサービス程度で言ったのであれば、官僚が否定してくれるのを予想するか、期待した上で発言したとしても、おかしくはない。むしろ、この時の発言をそのまま事務方が実行すれば、腰を抜かすのではないだろうか。
こんなリップサービスの事例は山ほどある。言い換えれば、そこまで厳密に計算してしゃべっている閣僚などいないということだ。
また、まとまって著書などの形で出版できるなら、自分の見解をまとめたいと思うが、今の日本の地方分権って誰のためのものなんだろうか？東国原知事の態度をみてもわかるように、僕には政治家の野心の踏み台にされているようにしか見えない。
そんなことをわかって、マスコミ関係者は報道しているんだろうか。ニュースバリューがあれば何でもいいのか？
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		<title>民主党の公約</title>
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		<pubDate>Fri, 31 Jul 2009 09:19:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[民主党の公約をみてみた。財源問題など批判はあるのだろうが、生産者側に立った政策から、生活者側に立った政策に転換するという意思は感じられるので、私としては評価したい。

もはや、これまでのような生産者側に立った政策では、日本は立ちゆかないことは明白である以上、セイフティーネットを張り巡らせる政策に転換することは良いことだ。
ただ、自分の専門でもある公務員の人件費を１．１兆円減らすという政策はどう考えても実現は難しいだろう。約２０％も公務員人件費を減らすとなると、どれだけ策を弄したとしても、給料を１０％以上カットしなければいけないだろうが、民主党の参議院の構成などを考えると、これはほぼ不可能に近いし、人事院勧告を大幅に超えるカットになるが、労働三権が否定され、事務次官でさえ組合員である現状では、官公労に訴えられると、司法判断で覆る恐れもある。
まぁ、ここは見物ですな。
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		<title>自民党にも少しは意地があるらしい</title>
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		<pubDate>Fri, 10 Jul 2009 09:10:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[「東国原氏擁立　各派が反対論」
自民党の古賀誠選対委員長が次期衆院選で、同党から東国原英夫（ひがしこくばる・ひでお）宮崎県知事の擁立を目指していることに対して９日、各派閥の幹部からは反対論が相次いだ。
伊吹文明元幹事長は伊吹派総会で「苦しくても、面白番組的なポピュリズム（大衆迎合主義）だとか、スローガンだけの政治から決別しないといけない」などと東国原氏の擁立の動きを批判した。津島雄二元厚生相も津島派の総会後、記者団に「国民は厳しく見ている。マスコミの寵児（ちょうじ）になっている人に興味を持つのはいいが一線を画すべきだ」と苦言を呈した。
町村派代表世話人の谷川秀善参院幹事長も記者団に「政策を訴えるべきなのに（集票が見込める候補を求めて）右顧左眄（うこさべん）するのは本末転倒だ。奇をてらうのは感心しない」と語った。
7月10日7時56分配信 産経新聞
こんな記事をみていると、まだまだ自民党もやれるかもしれないと思うんだが、もし、これが自作自演だとしたら、これまたすごい高等戦略だと思う。
しかし、自民党の昔の議員にそんなセンスがあるとは思えない。ということは、長老議員などは真面目にポピュリズムになってはいけないと思っていることなんだろうか。
自民党は早めにマニフェストを作って、愚直に自分達が追い求める社会像や国家像、追求すべき政策を明示して、国民に問うべきだ。国民の民意を受け身的に集約するということでは情けない。しかし、自民党にそんな積極的な民意があるとも思えない。
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		<title>民主党の官僚制度に対する意見</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Jul 2009 04:12:02 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[静岡県知事選の勝利で、がぜん、政権が近づいてきた民主党だが、政権が近づくと、やはり、発言は少しトーンダウンするらしい。毎日新聞によると、これまでの鳩山代表と比べて、官僚制度に対する意見が少し変化しているようである。
鳩山代表：「局長に辞表出させる」を軌道修正　政権交代で
民主党の鳩山由紀夫代表は３０日の記者会見で、政権交代後の各省庁の幹部人事を巡り、「局長クラス以上は辞表を提出していただく」と幹事長時代に 発言していたことについて、「現実の法律などをひもとくと、降格人事を行うのは法的には難しい。辞表という形に必ずしもならないと理解をしている」と述 べ、軌道修正した。
毎日新聞　2009年6月30日　19時24分


捉え方は様々だろうが、ここは積極的に捉えたい。現実的になったということだ。しばしば「官僚主導」「官僚に引っ張られている」とマスコミは言う。確かに、一部は真実だと思うが、官僚が提出する政策が現実的なために、政治家が飲んでいるという側面も多分にある。
この場合、鳩山代表は徐々に現実的になってきて、実際に政権を運営する準備が整いつつあるというように見なした方がいいかもしれない。
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		<title>知事の仕事の中身って…実は楽なんでしょうか？</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Jul 2009 09:14:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[確か、田中康夫が長野県知事時代に、民主党が政権をとったら大臣と兼務するというような話があったと記憶している。この時、どこかの県の知事は「知事は大変な仕事で兼務なんかできるか」と一喝していたと思うが、僕も新潟県庁時代に身近に知事をみていて、真面目にやれば結構しんどい仕事だなぁと思ったものだった。
ところがである。次の報道を見て驚いた。

＜東国原知事＞ＴＶ出演など、給与の３倍…消費は「県内で食べ物屋回り」／昨年所得公開
7月1日11時6分配信　毎日新聞
宮崎県の東国原英夫知事の０８年の所得が３０日、公開された。著書の印税や原稿料、講演料、テレビ出演料などの雑所得は４３２９万円にのぼった。一方、給与所得は１４３５万円だった。
知事は、本の出版数や売上冊数、テレビの出演回数などの詳細については「把握していない」とコメント。１回当たりの所得については、印税が本体価格の６～１０％▽原稿料２万～３万円▽講演料数万円～数十万円▽テレビ出演料５万～１５万円程度と明らかにした。０８年のテレビ出演は約１８０回で０７年より増加したという。
知事は記者団に「納税後の約８割は県内で消費している。食べもの屋を回っている」と話した。

【石田宗久】

東国原知事がお笑い芸人だからダメだとか、世間をなめているとか、というよりも、こんだけテレビに出ていて、本当に知事の仕事ができるんだろうか。
もしかしたら、知事ってやりようによっては、何もしなくていいんだろうか。
「霞ヶ関解体」という抽象的的な言葉を連呼ばかりしていていないで、マスコミはそろそろ「知事の仕事って具体的に何なの？」「東国原知事は具体的にどれだけ働き、何を実現したのか？」をもう少し真面目に報道してもらえないだろうか。
そうすることで、総理候補になる価値があるのかないのか、もっと客観的な議論ができると思うんですが。
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		<title>有識者とタレントとの「政治の壁」</title>
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		<pubDate>Thu, 25 Jun 2009 06:24:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[　東国原知事騒動について、また、今日も述べることにしよう。
　この問題をどう見るかは人それぞれだ。これだけの論点を提示してくれること自体、やはり、人間の思いきった行動というものはすばらしいと思うが、僕は、こんな事件を見るにつけ、日本社会には「わかりあえない」という感覚が徐々に浸透しているような気がして仕方ない。

　今日朝のテレビ番組。関西地方では８チャンネルだった。番組ではキャスターと、女性高学歴芸能人と、識者と思わしき人が、今回の東国春知事の行動について論評を加えている。
　タレント女性はうきうきしながら、東国原知事のすごいパワーで・・・とか何とか好意的に論じている。それに対して、識者は「こんな態度を有権者が許すんでしょうか・・・」とまともに論じる。テレビは「東国春知事には宮崎にとどまってほしい」「自民党に利用されるだけだ」という非常に好意的な一般市民からのアンケートだけを紹介している。
　まぁ、オーソドックスな作りなんだが、識者という人が政治を真面目に捉えるのに対して、タレントとかタレントを支持する一般視聴者なんかは、政治を「見せ物」と思っているんですな。小泉以来、テレビが政治を取り上げるのは結構だし、一般国民が関心を持つのも結構なんだが、おもしろい見せ物にならないかぁ・・という程度なんだろうな。どっかに主権者意識とかタックスペイヤー意識とかはないんだろうかな。そんな一般国民の態度を見越して、政治って、益々、個人の野心だけが前面に押し出される「野心ゲーム」になっている気がするな。
　一体、後世の歴史家はこの時代をどう評価するんだろうか。政治史ってもしかしたら抹殺されるのかもしれませんな。それにしても、ここ最近のテレビと新聞関係者とのスタンスの違いもそうだが、何をキーワードにしていいのかわかんないけど、日本人同士がものすごくわかりあえなくなっている気がする。
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		<item>
		<title>東国原知事への出馬要請についての報道ステーションの偏向報道</title>
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		<pubDate>Wed, 24 Jun 2009 07:35:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[　昨日の報道ステーションを興味深く見た。
　東国原知事が自民党からの出馬要請に対して「自分を総裁候補としてくれるなら出馬してもいい」という条件を付けたそうだ。どこまで本気か、何を狙っているのかよくわからない。私が注目していたのは、このニュースを淡々と報道するのか、何らかのシナリオをもって報道するのかということだった。
　なぜなら、この傲慢とも映る態度については世論が割れる可能性が高いからだ。おそらく賛否両論だろう。

　このニュースに対して、古館一郎はどう考えても東国原知事よりの報道姿勢だった。東国原の総裁候補要求を馬鹿にする自民党の人相の悪そうな政治家の「馬鹿にしきった態度」をフォーカスして流し、それに対して、古館一郎が「あの馬鹿にした態度は何なんでしょうか。」というコメントを述べるとともに、東国原が知事会のマニフェストを自民党のマニフェストとすることを要求したことを、あたかも奇策であるように派手派手しく報道していた。同時に、いつもは怒り顔の猪瀬直樹がニコニコしながら東国原を擁護するコメントを流していた点もバイアスをかけるには十分だった。
　一昨日の生活保護の母子加算廃止に関する報道が良かっただけに少し残念な気がしたが、「より強い方を叩く」というマスコミの本質から考えて、仕方がないような気もする。ただ、さすがに、古館の隣にいる朝日新聞のコメンテーターの一色氏は、東国原氏の態度に不快感を示すようなコメントをしていたが、それにしても、この報道ぶりは偏向がすぎると思う。確かに、既存の政治家や官僚の信頼感が地に落ちていることや、自民党が末期的症状にあることは認めるが、任期途中で国政に興味を示す人間をもう少しきちんと報道すべきなのではないだろうか。いくら何でも依怙贔屓がすぎるような気がする。
　また、私は東国原の地方自治や地方分権観というものが未だによくわからない。知事会のマニフェストを・・と主張するが、彼自身はどんな地方分権観を持っているんだろうか。「宮崎に道路を」というのが彼の地方分権観と思えないんだが、そんな人間が奇策として知事会のマニフェストを自民党のマニフェストに・・・と本当に思っているんだろうか。そもそも１年間で知事職を投げ出すという態度はどうなんだと思う。もっと言えば、テレビ出演の片手間でできるような仕事であれば、知事ってどんな仕事なのかとも思ってしまう。
　それにしても、橋下や東国原は今や日本を牛耳る勢いですな。ニコニコしながら橋下が東国原の行動を「度胸がありますね」と話すのをみるにつけ、複雑な思いになってきた。しかも、支持率が落ちないというのも気持ちが悪すぎる。賢明な日本人って、どうしてこんなに一部の人間に甘いのかしら。しがらみのない人って、芸能人しかいないんだろうか。タレントのどこが庶民に近い存在なのだろうか？私にはさっぱりわかりません。さらに言えば、今更ながら、タレントに依存しようとする自民党は本当に末期症状からもしれませんな。
　民主党が単独で政権をとった方が世の中が良くなるのかもしれませんね。今度の衆議院選挙は民主党にがんばってもらいたい。世襲議員の集まり、たまに出てくるたたき上げは胡散臭く旧来型。あげくの果てにはタレント政治化への依存。何か自民党にはうんざりしてきたな。本当は今求められるのは、過去に運動が死滅してしまったが、普通に家庭を持ち、家のローンを支払い、貧困層に憐憫の情を注ぎ、金持ちには素直に嫉妬し、教育で社会は変わると信じ、真面目に日々働き、胡散臭い野心家の魂胆には疑いの目を注ぎ、安易な民放の煽り報道にはだまされず、それぞれの職業にプロフェッショナリズムを求める「良識ある中間層のサラリーマン政治家」であるような気がする。まぁ、これが絵空事だとしても、市民運動出身者が混じっている民主党の方が今ははるかに好感が持てる。
　こんな僕の予想がはずれたら、日本には「良識のある人」VS「良識のない人」という壁が本当に実在するようになってしまったのかもしれない・・・。
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		<title>桝添と竹中の共通点</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Jun 2009 03:14:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[　最近の新聞報道を見ていると、誰でも総理候補になれる気がしてくる。総理までに要する時間、費やすエネルギー、人格、見識なんどに関係なく、少しマスコミに祭り上げられれば、誰だった総理になれるかもしれない、そんな変な時代なんですね。そんな国なのに、政治的リーダーシップがああだこうだと議論しているのも何か変な違和感を感じますね。

　そんな状況で、桝添厚生労働大臣が自民党総裁候補に浮上している。そこまで国民人気や親しみがあるとも思えないんだが、まぁ、国民的人気を利用しようということなんだろう。そういえば、小泉政権末期には竹中平蔵総務大臣も総理候補になっていたなと思い出してみると、学者大臣というのは今後の流行りかもしれませんね。もちろん、彼らの学者としてのキャリアや実績というものがどんなものかわかりませんが、能力はあるんでしょうな。
　それよりも、彼らはタフだということが共通している。竹中大臣は悪口を今でも言われているし、彼の政策理念を好まない人も多い（私もあまり好きじゃない）が、やりきったタフさは素直にすごいと思う。桝添氏だって、厚生労働大臣という嫌なポストをこなしている。同じタレント政治家でも目立つというおいしさがある一方で、大した責任を結果を問われない知事と違うということを考えると、桝添氏もタフだと思う。マスコミの知事と厚生労働大臣に対するスタンスは全く違うと思うからだ。
　何でこんなにタフなんだろうと考えると、それは飽くなき「上昇意欲」なんでしょうな。僕が役所で見たエリート官僚の多くは、みんな良い人で、目立とうともしなかったし、こんな強烈な上昇意欲はなかった。
　上昇意欲を持ち続けられるって、それだけですごい力を発揮するんですな。たたき上げ政治家の執念や苦労に対して、普通の受験秀才の上昇意欲。この二つのトレンドが世襲に勝る方がまだ日本も健全な気がする。
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		<title>誰も突っ込まない不思議</title>
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		<pubDate>Wed, 17 Jun 2009 03:33:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[どの新聞も橋下知事がテレビ出演で数百万円の収入をえたことを記事にしているが、不思議なことに、客観的に「いくら得た」と書いているだけで、この行動の是非については全く触れていない。
 知事や市長も「国民全体の奉仕者」「住民の奉仕者」という点で公務員であることは、職業公務員と同じだが、公務員法の適用がないため、好きに兼業してよいことになっている。
それ自体が不思議なのだが、加えて、この人物は府民や府庁の職員の給与をカットしている。どうしてここまで堂々と副業できるのか不思議で仕方ない。「情報公開してるだろ。文句あんのか」というところが本音で、マスコミは人気者には突っ込めないのを十分承知しているんだろう。
「ウエブは暇とバカのもの」（？）とかいう本が出ていたが、一端人気の出た人間にはおそろしいくらいに甘い基準を適用するという大衆が怖くて、十分突っ込むことができないマスコミは情けない限りである。
そういえば、この知事は政治資金パーティーも開催したという記事が載っていたが、そこでも東国春知事がくるだの、中田市長がくるだのといった芸能番組ばりの記事だった。私の記憶では、都道府県知事って、そんなに政治資金パーティーって開催するんだろうか？私の無知なのかもしれないが、政治資金を集めるような必要性に乏しい気もするが・・・・。日本の知事ってそんなにパーティをしているのかな・・・。
こんな状況を見るにつけ、橋下日記とか書いてる産経新聞なんか、どれだけ販促されても絶対に取ってやんないと思うのでした。
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		<title>冤罪と国家が謝ることの意味について</title>
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		<pubDate>Thu, 11 Jun 2009 03:24:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>中野雅至</dc:creator>
				<category><![CDATA[ニュース]]></category>

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		<description><![CDATA[昨日は１日ほとんど、大阪大学付属図書館で調べモノをしていたため、ブログを書くことができなかった。このままずるずると書かなくなってしまう・・と懸念しながらも、久々に一日仕事で人事興信録などに向き合っていると、疲れ果ててしまった。こんな作業をおもしろいという人こそ学者に向いているのかもしれないが、どうもこの種の細かな仕事は昔から苦手だ。よほどストレスがたまっているのだろうか、この種の仕事をした後はやけに甘いものが食べたくなる。
それはさておき、今日は「役所の謝る」という行為について少し考えてみよう。次の新聞記事をみてみると、検察という組織もやはり「謝る」というのは嫌みたいだ。

足利事件、検察が謝罪＝「真犯人でない人起訴」－早期再審実現に対応指示・最高検
6月10日16時9分配信 時事通信
足利事件の再審請求即時抗告審で、無期懲役刑の執行停止により釈放された菅家利和さん（62）について、最高検の伊藤鉄男次長検事は10日、最高検で記者会見し、「検察としては、真犯人と思われない人を起訴し、服役させたことは、大変申し訳ないと思っている」と述べ、検察として初めて謝罪した。再審前に無罪を前提に検察が謝罪するのは極めて異例。菅家さん本人に対しては「（再審請求審の）推移を踏まえて早急に対応したい」と述べ、近く検察が直接謝罪する意向を示した。また、「速やかに再審開始決定がなされ、再審公判で早急に判決が言い渡されるよう適切な対応を東京高検に指示した」と話し、再審では無罪の論告をする意向であることを明らかにした。
  人の人生を何十年も拘束して、親は自分の息子の無実を見ぬままに亡くなっているのに、こんな謝罪ですまされてはたまらない。少なくとも本人の目の前で涙流して謝れよと思うのは人情だろう。僕もそう思う。最近は、検察の「国策捜査」などの傲慢な行いもあるだけに、一層そういう思いを強くしている人も多いかもしれない。僕のような素人の目からみても、検察に関するマスコミ報道の贔屓は少しおかしい気がする。
それはさておき、どうして検察も含めて役所は謝らないんだろう。
国家賠償の枠組みなど様々なことがあるだろうが、①「国家は間違わない」ということが犯すべからず大前提になっているということ、②不祥事は大半の場合、過去のことで現在の役人には当事者意識が欠けているどころか、場合によっては「こっちも被害者だ」という意識がどこかにあること、③組織的な意思決定で行われているだけにトップを含めて個々人に罪悪感が乏しいこと、④その時々では、ベストを尽くしたという勝手な意識もどこかにあること、⑤過ちを認めた場合にものすご反響が出てくることを懸念するということだろう。薬害や公害、原爆認定などの裁判が典型的な事例である。旧厚生省の訴訟などはほとんどそうだ。僕の上司でも「厚生省だけは嫌だった。あんな裁判で悪者になるのだけは嫌だった」という人がいた。
民主化どころか世はポストモダンと言われて、個々人の価値観が重視される時代。個々人の自覚もあるのに、役所は「大衆は要求をエスカレートさせるバカな存在」と見なして訴訟をしていると世間から見なされるし、役所自身はモラルが破綻した不祥事を続発させて、「国民にはモラルハザードが生じる恐れがある」という前提で裁判を戦うのだから、そんな商売をやりたくないというのは自然なことだ。
その一方で、こんな白々しい国家や政府と真逆の態度をとる人間は世間から大人気だ。例えば、物事に素直な人間がそうだろう。どこかの知事は「間違ってました」「僕の見込み違いでした」と言うたびに、それまでの暴言はすべて帳消しにされて、ネット上では「なんて素直な人なんだ。橋下知事は」（あ、・・・）と賞賛されてもいた。人間の心底を覗いてもいない軽薄な論評だが、まぁ、役人から見れば、こんなことを言う大衆だからこそモラルハザードが起きると思いこんでしまうのだが・・・・
話が脱線続きだが、謝らないことは悪いにしても、謝らないからこその威厳なんてものもあるし、謝らないからこそ、国家だということもある。役所内部の個々の要因を辿るとと「無責任な・・」と思うこともあるのだが、国家や政府が頻繁に簡単に謝るということの影響って、もう少し真面目に考える必要があるんではないだろうか。もちろん、謝るかどうかを悩まなくていいだけの仕事をするのが最も望ましいのだが・・・。少なくとも、外国でも国内でも政府がそんなに簡単に謝るのであれば、最終的な威厳などどこにも存在しなくなるし、社会の規範というものはおそらくなくなってしまうのではないだろうか。もし簡単に謝罪する国があるなら、教えて欲しい。
その意味で、政治家は本当に国家を体現しているんだろうか。役所は必至でフィクションを守ろうとする。白々しいし、世間から嫌われるし、非人道的だけど、必至で国家のフィクションを守ろうとするのに対して、政治家は人気取りだけのために国民に涙を見せて、素直に謝ったりする。こんな人間が明治維新の志士きどりだけで、本当に国家を変革できるんでしょうかね。関西弁で言えば、単なる「ええかっこしいやん」ということになる。「んー」と悩むのだが、少なくとも、もう少し国家ごっこのできる政治家が増える方が日本も良くなる気がするが・・。
ちなみに、役所は謝らないというが、企業も謝らない。どこかのテレビ番組はすぐに「民間企業なら即座に謝罪ですが・・」という表現を役所との対比で頻繁に使うが、少なくとも企業は簡単に謝らない。官民問わずに組織は簡単に謝らないというのは、どこの国でも同じだと思うが・・・。
ただ、冤罪がこれだけ増えてきて、ひどい取り調べの実態が明るみに出て、国策捜査がここまで話題になって、痴漢冤罪をはじめとして冤罪がここまで一般人にも身近になっているのだから、治安当局は何らかの総括くらいはすべきだろう。謝るなら中途半端ではなく、きちんと本人に謝ることを含めて。
どっちに結論がいくのか難しい問題だが、このブログを書いていて思うが、ブログは本当にこういう難しいトピックには向いてない。少なくとも、ブログでこの問題を論じるだけの文章センスも時間も僕にはない。
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