2009/6/24 水曜日

東国原知事への出馬要請についての報道ステーションの偏向報道

Filed under: ニュース — 中野雅至 @ 4:35 PM

 昨日の報道ステーションを興味深く見た。

 東国原知事が自民党からの出馬要請に対して「自分を総裁候補としてくれるなら出馬してもいい」という条件を付けたそうだ。どこまで本気か、何を狙っているのかよくわからない。私が注目していたのは、このニュースを淡々と報道するのか、何らかのシナリオをもって報道するのかということだった。

 なぜなら、この傲慢とも映る態度については世論が割れる可能性が高いからだ。おそらく賛否両論だろう。

 このニュースに対して、古館一郎はどう考えても東国原知事よりの報道姿勢だった。東国原の総裁候補要求を馬鹿にする自民党の人相の悪そうな政治家の「馬鹿にしきった態度」をフォーカスして流し、それに対して、古館一郎が「あの馬鹿にした態度は何なんでしょうか。」というコメントを述べるとともに、東国原が知事会のマニフェストを自民党のマニフェストとすることを要求したことを、あたかも奇策であるように派手派手しく報道していた。同時に、いつもは怒り顔の猪瀬直樹がニコニコしながら東国原を擁護するコメントを流していた点もバイアスをかけるには十分だった。

 一昨日の生活保護の母子加算廃止に関する報道が良かっただけに少し残念な気がしたが、「より強い方を叩く」というマスコミの本質から考えて、仕方がないような気もする。ただ、さすがに、古館の隣にいる朝日新聞のコメンテーターの一色氏は、東国原氏の態度に不快感を示すようなコメントをしていたが、それにしても、この報道ぶりは偏向がすぎると思う。確かに、既存の政治家や官僚の信頼感が地に落ちていることや、自民党が末期的症状にあることは認めるが、任期途中で国政に興味を示す人間をもう少しきちんと報道すべきなのではないだろうか。いくら何でも依怙贔屓がすぎるような気がする。

 また、私は東国原の地方自治や地方分権観というものが未だによくわからない。知事会のマニフェストを・・と主張するが、彼自身はどんな地方分権観を持っているんだろうか。「宮崎に道路を」というのが彼の地方分権観と思えないんだが、そんな人間が奇策として知事会のマニフェストを自民党のマニフェストに・・・と本当に思っているんだろうか。そもそも1年間で知事職を投げ出すという態度はどうなんだと思う。もっと言えば、テレビ出演の片手間でできるような仕事であれば、知事ってどんな仕事なのかとも思ってしまう。

 それにしても、橋下や東国原は今や日本を牛耳る勢いですな。ニコニコしながら橋下が東国原の行動を「度胸がありますね」と話すのをみるにつけ、複雑な思いになってきた。しかも、支持率が落ちないというのも気持ちが悪すぎる。賢明な日本人って、どうしてこんなに一部の人間に甘いのかしら。しがらみのない人って、芸能人しかいないんだろうか。タレントのどこが庶民に近い存在なのだろうか?私にはさっぱりわかりません。さらに言えば、今更ながら、タレントに依存しようとする自民党は本当に末期症状からもしれませんな。

 民主党が単独で政権をとった方が世の中が良くなるのかもしれませんね。今度の衆議院選挙は民主党にがんばってもらいたい。世襲議員の集まり、たまに出てくるたたき上げは胡散臭く旧来型。あげくの果てにはタレント政治化への依存。何か自民党にはうんざりしてきたな。本当は今求められるのは、過去に運動が死滅してしまったが、普通に家庭を持ち、家のローンを支払い、貧困層に憐憫の情を注ぎ、金持ちには素直に嫉妬し、教育で社会は変わると信じ、真面目に日々働き、胡散臭い野心家の魂胆には疑いの目を注ぎ、安易な民放の煽り報道にはだまされず、それぞれの職業にプロフェッショナリズムを求める「良識ある中間層のサラリーマン政治家」であるような気がする。まぁ、これが絵空事だとしても、市民運動出身者が混じっている民主党の方が今ははるかに好感が持てる。

 こんな僕の予想がはずれたら、日本には「良識のある人」VS「良識のない人」という壁が本当に実在するようになってしまったのかもしれない・・・。

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